プロが語る石組みの奥義

プロが読み解く 石組みと生物多様性:庭園エコシステムを支える石の役割と設計

Tags: 石組み, 造園, 庭園生態系, 生物多様性, 持続可能性, 設計思想, 維持管理

庭園における石組みの新たな価値:生物多様性保全の視点から

長年にわたり、石組みは日本の庭園において、その構造的な安定性、景観における骨格形成、そして象徴的な意味合いにおいて、不可欠な要素であり続けてきました。私たちは石を選び、据え、組み合わせることで、単なる自然の模倣に留まらない、深い精神性や物語性を宿した空間を創造してきました。現代においては、これらの伝統的な価値に加え、地球規模での環境問題への意識の高まりとともに、庭園の持つ「エコシステム」としての側面がより重要視されるようになっています。特に、生物多様性の保全は喫緊の課題であり、私たちが手がける庭園が、いかに多様な生命を育む場となり得るかという視点は、今後の造園において極めて重要であると認識しています。

石組みは、その硬質な構造ゆえに見過ごされがちですが、実は庭園内の生物多様性を高める上で、非常に大きな潜在力を持っています。石の配置や組み合わせ、石材の種類、そして時間の経過とともに変化する石の表面や隙間は、多種多様な生物にとって貴重な微環境(マイクロハビタット)を提供するからです。この章では、プロの視点から、石組みがいかに庭園の生物多様性に寄与するのかを深く掘り下げ、それを設計や維持管理にどう活かすべきかについて考察していきます。

石組みが創出する多様な微環境

石組みは、庭園内に予測可能でありながら多様な環境を作り出します。これは、生物が生息するために不可欠な「ニッチ」(特定の生物種が利用する環境資源や条件の組み合わせ)を豊富に提供することを意味します。

1. 隙間と隠れ家

石と石の間、あるいは石と地面との間に生まれる大小さまざまな隙間は、多くの小型生物にとって極めて重要な隠れ家となります。昆虫、クモ、ヤスデ、ワラジムシなどの無脊椎動物は、捕食者から逃れるため、あるいは休息や産卵のためにこれらの隙間を利用します。また、カエルやトカゲといった両生類や爬虫類、さらにはヘビなどのより大型の生物にとっても、温度や湿度が安定した避難場所や越冬場所となり得ます。これらの隙間の形状、深さ、湿度などは、石の積み方(野面積み、打込み接ぎなど)や石材の形状によって大きく変化するため、意図的に多様な隙間を作り出すことが、より多くの生物種を呼び込む鍵となります。

2. 温度勾配と湿度環境

石は熱伝導率が高いため、日中の日差しを受けて暖まり、夜間にゆっくりと放熱します。これにより、石の表面やその周囲には、時間の経過とともに独特の温度勾配が生まれます。また、石の隙間や下部は、外気の影響を受けにくく、比較的安定した湿度を保ちやすい環境です。これらの温度・湿度の多様性は、異なる環境条件を好む生物種にとって、活動場所や避難場所の選択肢を増やします。例えば、乾燥に弱い生物は石の下の湿った場所を、体温調節が必要な生物は日当たりの良い石の上を利用するといった具合です。

3. 基質としての石表面

石の表面は、苔類、地衣類、藻類、そして一部の高等植物の生育基盤となります。これらの植物群落は、さらに別の生物(小型昆虫、ダニなど)の食物や生息場所となります。また、石の表面の粗さや化学組成は、どのような種類の苔や植物が着生しやすいかに影響します。長期間安定した石組みは、豊かな生物膜(バイオフィルム)や土壌微粒子を蓄積し、より多様な生物の定着を促します。

4. 土壌との界面

石組みの下部や根石の周囲は、土壌と石という異なる物理的環境が接する界面となります。この界面は、水分の浸透や保持、空気の流通、有機物の分解などにおいて独特の性質を持ち、ミミズやダンゴムシ、様々な土壌微生物にとって重要な活動領域となります。石が適度な隙間を持って配置されていることで、土壌の通気性や排水性が改善され、根系の発達や微生物活動が促進されることもあります。

生物多様性を高める石組み設計の視点

庭園の生物多様性を意識した石組み設計においては、従来の景観美や構造安定性に加え、以下の点を考慮することが重要です。

1. 多様な石材の選択と組み合わせ

可能であれば、単一の種類だけでなく、複数の種類の石材を用いることで、異なる表面特性、化学組成、物理的な形状を持つ微環境を作り出せます。例えば、多孔質な石材は湿潤環境を好む生物に適し、緻密な石材は乾燥した環境を好む生物に適するなど、石材自体の多様性が生物多様性を高める基盤となります。また、石の大小を組み合わせることで、より多様なサイズの隙間を生み出すことができます。

2. 石の配置と積み方の工夫

画一的な積み方ではなく、野面積みのように自然な不整形さを残す積み方や、石と石の間に意図的に隙間を設ける「空積み」の手法は、多くの生物の隠れ家を提供します。特に、地面との間に適度な隙間を設ける「根石」の配置は、土壌生物や地面に近い場所を好む生物にとって重要な空間となります。また、一部の石を半ば土に埋め込むように配置することで、石と土壌の界面の生物活動を活性化させることも可能です。

3. 植栽との連携

石組みの隙間や周囲に、その環境に適した植物を植栽することで、石組みが提供する物理的な空間と、植物が提供する食物や繁殖場所とが組み合わさり、より複雑で豊かなエコシステムが形成されます。石の隙間に地被植物や小型のシダ類、苔類などを配することで、湿度を保ち、小型生物の隠れ場所を増やします。石組みの上部に低木や宿根草を配置すれば、鳥や昆虫の利用を促すこともできます。植栽計画と石組み設計を一体的に行うことが、生物多様性の高い庭園を創出する上で不可欠です。

生物多様性を考慮した維持管理

石組みの維持管理においても、生物多様性への配慮が求められます。過度に徹底した清掃や除草は、石組みに定着した生物の生息環境を破壊する可能性があります。

1. 適度な生物膜の許容

石の表面に生える苔類や地衣類は、それ自体が生物であり、他の生物の生息基盤となります。構造的な安定性や景観上の問題がない限り、これらの生物膜を完全に除去するのではなく、適度な状態を保つことが、生物多様性を維持する上で望ましい場合があります。

2. 隙間の清掃と生物への配慮

石組みの隙間に溜まった落ち葉や土砂を完全に除去する必要がある場合でも、そこに生息する生物(昆虫の幼虫や蛹など)を意識し、可能な限り傷つけないように、あるいは安全な場所に移動させるような配慮が重要です。また、薬剤の使用は、石材自体や周囲の生物に悪影響を与える可能性があるため、極力避けるべきです。

3. 環境変化の観察

石組みとその周辺にどのような生物が現れるかを観察することは、庭園のエコシステムの状態を把握する上で役立ちます。特定の生物種の出現や減少は、環境の変化を示すサインとなることもあります。プロとして、景観の観察だけでなく、生物相の観察を通じて庭園の「生命」を読み解く眼を持つことが重要ですし、それはまた新たな発見や学びにも繋がります。

石組み哲学の深化:庭園を「生きているシステム」として捉える

伝統的な石組みの哲学は、自然の一部を切り取り、それを凝縮した形で庭園に表現することにありました。山や川、滝といった自然の景観を石によって「見立て」ることは、その象徴性や精神性に重きを置くものでした。現代において、生物多様性保全という視点が加わることは、この哲学をさらに深める機会となります。

石組みを単なる無機質な構造物としてではなく、多様な生命を宿し、育む「生きているシステム」の一部として捉え直すこと。石の一つひとつが、景観の一部であると同時に、特定の生物にとっての家であり、世界であると認識すること。このような視点を持つことで、私たちの石組みは、単なる美しい造形物から、より持続可能で、生命力に満ちた、そして深い意味を持つ存在へと進化していくでしょう。

ベテランの造園家・庭師の皆様におかれましても、これまでの技術や経験に、生物多様性という新たなレイヤーを加えていただくことで、庭園創造の可能性はさらに広がるはずです。後進への指導においても、石組みの技術伝承に加え、庭園エコシステム全体を理解し、育む視点の重要性を伝えていくことが、現代における私たちの大きな役割であると考えています。石組みを通じて、私たちは庭園の未来、そして地球の未来に貢献できるのです。